探索日:2025年3月27日
大小山のマンガン採掘跡で新たな坑口を発見後は、大小山を東に向かい『屏風岩の中の廊下』なる、謎の採掘跡を調査します。

こちらは過去に訪問済み。しかし、その時は下部に下りる事が出来なかったので、今回は下部まで降りて調査したいと思います。
なお前回の探索記録は以下。

『屏風岩の中の廊下』ですが、正式名称は不明。
前回の探索時には『屏風岩の中の廊下』の表札が有ったのでそう呼んでいます。

(前回の探索時の画像より)
ちなみに今回の探索時にはこの表札が見当たりませんでした。
どこかへ行ってしまったのでしょうか。
さて現地の探索です。
尾根上部は画像の様に切通しみたくなっています。

尾根の北側下部を見下ろすとこのような感じ。
下部は1.5m程の幅で、岩がスパッと切りぬかれたような形になっています。

自然にはここまで綺麗になる事は無いと思うので、人為的に削ったのではと思っています。
この下部はこの後確認するので、まずは尾根付近をチェック。
北側の崖から尾根付近を見上げるとこんな感じ。
この辺りも人為的に削られたように見えます。

側面を見ると左が砂岩だか泥岩で、右側がチャートになっています。
丁度地質の分かれ目の様です。

足元に落ちている石の様子。
極僅かにマンガンが染みたような黒い部分が有りますが、マンガンを採掘したような感じでは無いですね。


尾根を越えて南側へ。
こちらも人為的に掘られたような跡が残されています。

この付近は堀状に縦長に掘られています。

堀跡はある程度下まで続いています。

南側斜面から尾根上を見上げた様子。
この部分だけハッキリ削られていますね。

尾根上と南斜面を確認したら、核心部と思われる北側斜面を確認したいと思います。
北側はかなり急斜面なので、少し回り込んで安全な場所から下りたいと思います。

少し回り込むと比較的緩やかな斜面が有ったので、ここを降りていきます。

ある程度降りると溝が有る付近に出ました。

そしてそこから尾根側に振り返ると、そこは例の溝の下部。
溝の下部付近は岩が崩落しています。

崩落した岩を乗り越えると例の溝の真下に到達!

溝は尾根付近から切り取られたように綺麗に掘られています。

溝の左側の岩の様子。

こちらは右側の様子。

明らかに人為的な溝なのですが、何のために掘ったか不明です。

動画でも撮影してみました。
すこし引いた付近から撮影。
左側は岩が崩れて溝が埋まっていますが、溝自体はその下も掘られているようです。

溝自体はその下にも続いています。

杉の植林が行われている付近まで溝らしきものは続いています。

植林地帯から下部には溝は見られず。

植林エリアにも遺構が無いか探しながら下ります。
途中でお皿らしき陶器の破片が有りましたが、先ほどの溝との関連性は不明。

さらに進むと黒い石が出てきます。

マンガンのズリ石かと思いきや、そのすぐ先に林道が有り、林道の敷石として撒かれた石でした。

そのまま林道を進んだら、民家脇に出てきました。
そのうちの一軒には放し飼いの犬がいて、吠えたてられたのでちょっと怖かったです。

というわけで『屏風岩の中の廊下』の謎の採掘跡を見てきました。
今回は北側斜面の下部も確認しましたが、結局なんのための溝だったのか不明。
ただ、尾根を越えて南北に掘られている事や、岩場を綺麗に削り取っていることから、人為的に作られたものだと思います。
この溝の仮説としては以下が考えられそう。
- マンガン採掘跡
- 砥石の採掘跡
- 砥の粉の採掘跡
- 城の掘切跡
マンガン採掘跡としては付近に矢筈鉱山や大小山のマンガン採掘跡などが残る事。
また尾根付近の石には僅かながらマンガンと思われる黒い鉱物が見られること。
ただ、マンガン鉱山に見られる黒いズリ石が無い事や、マンガン鉱山の採掘の仕方では無い事から、可能性はかなり低そう。
砥石の採掘跡としては、僅かながら珪質泥岩っぽいような石が見られたこと。
しかしそれ以上の理由は無いので、これも可能性が低そう。
砥の粉の採掘跡としては、ネット上の情報では有りますが、「砥の粉山と呼ばれていた」「過去に砥の粉を採掘していた。運搬用のトロッコも有った」と記載のあるページが有りました。

城の堀切跡としては尾根をもう少し東に進んだところに西場城なる城が有ったとの事。
現在は城の遺構は残っていないようです。城自体も小規模な城もしくは砦で有ったとの事で、これほどの堀切は掘っていないのではと思います。
今のところ砥の粉の採掘跡の可能性が一番高そうですが、資料などが見当たらないので今後も調べてみたいと思います。
お次は帰る途中にたまたま見つけた、西場の百観音に有ったマンガン採掘跡を探索します。

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