秩父市は黒谷の蛇紋岩採掘跡探索

埼玉県

探索日:2025年3月13日

秩父の和銅遺跡再訪後は、近くに位置する黒谷の蛇紋岩採掘跡を探索します。

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黒谷の蛇紋岩採掘跡とは

黒谷の蛇紋岩採掘跡は埼玉県立自然の博物館研究報告の『国会議事堂の蛇紋岩石材産地の特定―秩父市黒谷の採掘場跡―』を参考にしての探索です。

これから向かう蛇紋岩の採掘跡は、国会議事堂の中央玄関、大広間、衆参両院の議員玄関の幅木部分に使用されている『貴蛇紋』を採掘した場所との事。
現在の国会議事堂を設計当時、やむを得ない物を除いては国産品を使用するとの方針の元、全国の石材調査が行われました。

埼玉県の蛇紋岩の採掘には当時の秩父郡三澤村上三澤や、秩父郡国神村金崎の小坂の蛇紋岩が選ばれたとされています。今回向かう黒谷の美の山蛇紋岩採掘跡は三澤や金崎の蛇紋岩の不足を補う用として採掘され、国会議事堂に使用されたと考えられています。

さらに蛇紋岩の採掘地点はAポイントとBポイントの個所がが有り、国会議事堂に使用された石材はAポイントの物と資料に記載が有ります。
今回は標高の低いBポイントから国会議事堂用の蛇紋岩を採掘したAポイントへと向かいたいと思います。


『国会議事堂の蛇紋岩石材産地の特定―秩父市黒谷の採掘場跡―』より

 

蛇紋岩採掘跡探索

さて探索です。
和銅遺跡を後にして集落沿いの道を山の方に向かって歩きます。

 

探索時は3月だったので、ウメとレンギョウと思われる花が満開です。

 

しばらく歩くと「美の山蛇紋岩採掘の碑」の看板が出てくるので、案内通りに進みます。

 

ちょっと歩いた広場に、蛇紋岩採掘の碑と案内板が置かれています。

 

案内板には参考資料と同様に、大濱家が蛇紋岩を採掘していた説明が有ります。

 

蓬山蛇紋岩採掘の碑
和銅沢上流に位置するこの不動滝付近は、国会議事堂の内装用の蛇紋岩の産地である。
現在も採掘跡や、作業用小屋、火薬庫の跡が残っている。明治四十三年、政府は国会議事堂を可能な限りすべて国産品を使用して建築する方針を立て、全国的に石材調査を実施して優良品を選択した。その結果、内装に使用する蛇紋岩として秩父産の石材が選ばれた。蛇紋岩は、緑の大理石ともいわれ、中でも深緑色に黄緑や白色の脈の適度に入ったものが良品とされた。
しかし、崩れやすい性質を持つこの石を、大塊として採掘できる産地は少ない。不動滝付近の蛇紋岩は、美しさ、丈夫さを兼ね揃えるとともに、鉄道を利用して運搬しやすいという利点もあり、秩父産の蛇紋岩は、国会議事堂の中央玄関や両院議員玄関などに使われている。この内装工事が行われたのは昭和4年から5年であり、これに先立つ昭和3年、東京の石材商、奥野博氏が鉱山師の太田口福松氏と新潟の技術師、大塚久蔵氏を呼び寄せて不動滝付近で採掘を始めた。

採掘場の山主は大濱弥一氏、火薬庫や運搬路の山主は大濱祐一氏であり、両者の協力の下、石材の切り出し、運搬が行われた。
この地の蛇紋岩が国会議事堂に使用されたことは、これを誇りとしていた祐一氏が、息子の大濱定男氏とその妻サイ子氏に繰り返し語っていた。

サイ子氏が、祐一・定男氏亡き後、遺品を整理する中で、採掘に関連する写真や契約書を見出し、この事実を知る唯一の人として後に伝えるべく、この碑の建立を決意した。碑の石材や礎石は、採掘場付近に残されていた蛇紋岩を、サイ子氏が自費を投じてこの地まで運び下したもののひとつである。

蛇紋岩採掘の碑を見た後は、参考資料を元に蛇紋岩採掘跡を探しに向かいます。

 

碑から少し離れた民家の石垣脇を歩きます。

 

その石垣をふと見ると、使われていた石がなんと何かのスラグ(鉱滓)と思われる石。
石材としての蛇紋岩採掘でスラグは発生しないと思うので、この近くで何かの金属を製錬していたのでしょうか。
気になりますね。

 

スラグの石垣から離れて、作業道らしき道から山へと入ってみます。

 

すこし進むと足元には蛇紋岩の転石が出てきます。

 

そのまま登っていくと蛇紋岩の露頭が出てきました。

 

光が強くて色が飛んでしまっていますが、岩場は全て蛇紋岩です。

 

どうやらここが資料上のBポイントの蛇紋岩採掘跡の様です。
この採掘跡は主に人工大理石用の石材として蛇紋岩を採掘していたとの事。採掘場稼行時はこの採掘場から和銅黒谷駅付近まで索道が通っており、採掘した石材は索道により運んでいたそうです。
なお、昭和24年にこの採石場で発破により死亡事故が発生し、その事故をきっかけに採掘が行われなくなったと資料に記載が有りました。

 

こちらの蛇紋岩の様子。

 

上から見下ろした採掘跡全体の様子。
平場っぽい場所が有るので、作業小屋などを置いたのでしょうか。

 

採掘跡のズリには所々に石英も見られます。

 

お次は資料A地点の蛇紋岩採掘跡を目指します。
A地点は1つ隣の沢の様ですが、いったん下るのが面倒なのでそのまま直登し、蛇紋岩の運搬路を探してそこから向かいたいと思います。

 

藪漕ぎをしてなんとか蛇紋岩の運搬路らしき道に到達。

 

運搬路を進むと、道沿いには蛇紋岩の石組が出てきます。

 

梅やミカン畑の跡も残されています。

 

その先に進むと再び立派な石組が出てきます。

 

畑跡を抜けて杉林へと道は進みます。

 

杉林の中に祠が出てきました。
資料にも出てきた不動滝の不動尊の様です。

 

不動滝の先は開けており、蛇紋岩の露頭見られます。

 

付近にはコンクリートの基礎らしき跡も残っています。
どうやら資料上のA地点の蛇紋岩採掘跡に到達したようです。

 

採掘跡の蛇紋岩の様子。

 

こちらの蛇紋岩は白い脈がそれこそ、蛇の鱗模様のように入っており綺麗ですね。

 

採掘跡付近には作業小屋跡などが残っているようなので探してみます。
周囲を回っている、コンクリートの壁らしき物が有ります。

 

資料の画像とも一致するので、これが作業小屋跡ですね。

 

作業小屋跡のコンクリートを見たら、骨材代わりに蛇紋岩の砕石が入っています。

 

水が枯れていますが、沢沿いの蛇紋岩の露頭が不動滝かと思われます。

 

最後に火薬庫跡を探しますがなかなか見つかりません。
山の斜面上に石組が有りましたが、これは火薬庫では無さそう。

 

なかなか見つからないので火薬庫を探すのを諦めて、帰ろうと戻りかけたところでコンクリート遺構を発見します。

 

そしてその奥に何やら石組。

 

近づいていくと石組で囲われた遺構。火薬庫跡を発見です。

 

採掘エリアから少し離れた杉林の中だったので、なかなか見つかりませんでした。

 

さて一通り蛇紋岩採掘跡を探索したので、移動します。
このまま山を登っていくと、古い街道跡を抜けて美の山公園観光道路に出られるようなので、いつもの様に何も考えず直登します。

 

蛇紋岩のズリ石地帯を進み

 

落ち葉地帯で足を取られながら登ります。

 

すると古い道跡に到着したので、道沿いに進んでみます。

 

道沿には石組が残されている場所も有るので、資料に遭った古い街道跡かと思います。

 

美の山観光道路が見えて来てもう少し、というところで道が途切れてしまします。

 

最後は急斜面をやぶ漕ぎしながら進みます。

 

そして何とか美の山観光道路に到達です。
道路が見えてからのラスト50メートル程がきつかったです。

お次は金山鉱山跡を再訪問します。

 

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