探索日:2022年1月10日
官ノ倉山付近のマンガン鉱山探索後は、官ノ倉山を反対側に降りて、小川町腰越付近にある根古谷石灰鉱山鉱山跡を探索に向かいます。
根古谷石灰鉱山とは
根古谷石灰鉱山とは埼玉県比企郡小川町の打越付近にある石灰鉱山跡です。
当初はこの場所でも石灰を採掘していたようですが、しばらくして枯渇してしまったとの事で、後に4.5キロ離れた埼玉県東秩父村に有った皆谷鉱山から、石灰を運ぶために索道を昭和10年に設置しています。
ちなみにこの根古谷石灰鉱山、浅野セメントの小川採掘場と言われていた可能性があります。
もしここが小川採掘場だとすると、開設されたのが大正15年(1926)10月、閉鎖されたのが昭和11年(1936)7月となります。(参考:渋川社史データベース、東武鉄道Facebook)
また、この根古谷鉱山には石灰運搬用として、小川町駅から東武根古屋線なる鉄道が引かれていた過去が有ります。
東武根小屋線とは
東武根古屋線は小川町駅から根古谷石灰鉱山のある根古屋荷扱所までの訳4.3キロメートルを結んでいた東武鉄道の貨物線です。
東武根古屋線、当初は石灰の輸送を目的に作られましたが、後に薪、炭、原木なども運搬しました。将来的には定峰峠を越えて石灰の産地である秩父市までを繋ぐ計画も有ったとの事です。
歴史としては1926年(大正15年)9月に小川町-根古屋荷扱所間が開業し、取り扱う石灰の資源枯渇世により昭和42年3月31日に廃止となりました。
駅は始点の小川町駅、大河荷扱所、槻川荷扱所、終点の根古谷荷扱所となっていました。槻川荷扱所については、昭和22年9月のキャサリン台風により駅の設備が流失し、昭和27年8月に廃止となりました。(参考:東武鉄道Facebook)
根古谷石灰鉱山探索
さて、根古谷石灰鉱山探索ですが、官ノ倉山を下りてからは槻川沿いを歩いていきます。
川沿いを歩いていると、とある場所にて土砂の崩落防止用の鉄骨として鉄道のレールが使われている場所を発見。
鉄道のレールの規格の知識は無いのですが、現在走っているJRなどのレールと比べると大分小さい気がします。
これは鉱山のトロッコのレールを転用したものでしょうか。
さらに歩くと地域の人がかけたと思われる小規模な橋がいくつか出てきます。
所謂「勝手橋」というやつでしょうか。
さらには流される前提なのか、道路わきには予備の橋も備えて有りました。
さらに川沿いを歩くと御堂とお地蔵様を祭っている場所が出てきます。
身潜り地蔵というそうです。
そして気になるのはお地蔵様とお堂の背後。
意味深な石積みと、謎の穴が有ります。
穴の様子はこんな感じ。
さらには足元には程よいサイズになった石灰岩がゴロゴロしています。
多分ですが、鉱山跡とこの石垣の位置的な物や、足元に石灰石がゴロゴロしていたことから、この場所は皆谷鉱山からの索道の土台跡ではと推測してみます。
皆谷鉱山にも遺構や坑道が残っているようなので、そのうち探索に行きたいと思います。
さて、お地蔵様からちょっと進むと、山の様子は意図的に削った様な形に。
さらにこの画像では見づらいと思いますが、斜面には石灰石がゴロゴロしています。
そして某所から鉱山道へと進みます。
当時はダンプカーなども通っていたと思われるこの道、幅も広く作りもしっかりしています。
ちなみにこの道今も国土地理院の地図に実線で道として掲載されています。
特に立入禁止の看板等もなかったので、ちょっと進んでみます。
道の下には鉱山の施設らしきものも。
ちょっと進むと道の脇に建物が。
道沿いに階段があり、中が覗き込めます。
こちらも立入禁止の表示もなかったので、ちょっとだけお邪魔してみます。
建物の階段ですが、所々腐食しており、体重をかけると危ない場所もあります。
手すりと足元に体重を分散させながら、一段一段確認しながら降りていきます。
上から見下ろした様子。
金属製の大きなホッパー。
ホッパーからこの部分へ石灰石を落としていたものと思われます。
その先には大きな円筒形の機械。
多分ですが、この円筒形の機械を回転させ、石灰石を砕くものだと思います。
石灰石の粉砕用と思われる小屋を出た後は、鉱山道を先に進みます。
奥へ行くと別の建物が出てきます。
ドアが開いています。
中は変圧器やモーター?類が置かれています。
ここは鉱山用の変電所でしょうか。
配電機器。
変圧器。
モーターでしょうか。
窓には鉄格子。
変電所と思われる施設を出た後は、背後の山を登ってみます。
山の斜面にも鉱山を思わせる、石垣が多数あります。
コンクリートでできた遺構も見られます。
コンクリートになにか機器を固定していたのでしょうか。
さらに斜面を登ります。
斜面の足元は枯葉と石灰のズリと思われる白い小石で、歩くたびに滑ったり崩れたりで非常に登りにくいです。
斜面を登って尾根付近。
古くはここでも石灰石を採掘していたようで、所々に平場が有ったり、人為的に山を崩した様な地形が残ります。
こちらは切通しのように掘られた部分。
方角的に皆谷鉱山の方向なので、ここをに索道を通していたのかもです。
こちらは石灰岩と思われる岩の露頭。
近づいてみると、ロッドを打ち込んだと思われる穴も見られます。
話通り、この場所でも石灰岩を採掘していたようですね。
そんなわけで一通り探索したので、最初の鉱山道に戻り現道へと下ります。
道から眺めた鉱山施設はこんな感じ。
道沿いには正門と思われる部分も残っていました。
この辺りは道路脇に平場が有る場所。
この辺りまで東武根古屋線が来ていたのだと思われます。
鉱山施設を一通り見た後は、小川町駅までひたすら歩き、今回の小川町方面の探索は終了です。
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