群馬県富岡市の鉱山について

下仁田町

群馬県富岡市の鉱山について

鉱山や石の趣味に目覚めてこんなブログをやっている私スロイスですが、出身は群馬県富岡市だったりします。

富岡市には子供の時に住んでおり、その頃は鉱石などの趣味は無かったのですが、鏑川沿いなどで石や化石を採取して楽しむ事もありました。鏑川沿いの地層では貝化石が主で、時折植物の化石が取れたり、運がいいと魚の鱗や骨、サメの歯の化石が採れました。また場所によっては木炭が出る地層が有ったり、カニの化石ばかりがでる場所も有りました。

石では上流域に石灰鉱山も有る事から、白い石灰石が取れたり、時折メノウなども拾うことが出来ました。

遊んでいるエリアでは主に砂岩や泥岩ばかりの地層だったので、富岡市には鉱山が無いと今まで思っていました。ですが鉱山趣味によりいろいろな資料を見ていると、富岡市さらには自分が住んでいた高瀬地区でも鉱石の試掘を行っていたとの記録が残っていることを知りました。

資料もインターネット上にあることは有るのですが検索では出てこないので、せっかくだからこのブログに富岡市の鉱山情報をまとめてみようと思います。

 

群馬県富岡市とは

まずはざっと富岡市の紹介です。

群馬県富岡市は、群馬県の南西部に位置する都市です。世界遺産にもなった富岡製糸場や群馬サファリパークなどでも知られています。

富岡市の発足は昭和29年に甘楽郡富岡町・一ノ宮町・小野村・黒岩村・高瀬村・額部村が合併したことで誕生し、平成18年には妙義町とも合併している人口4万6千人ぐらいの市となっています。

市の中央付近に鏑川が流れ、西側は妙義山などの標高1000メートルから800メートルの山、南部も稲含山などの山岳地に囲まれた地域となっています。

 

富岡市付近の主な鉱山

富岡市付近の主な鉱山には、下仁田町青倉や南牧村磐戸の石灰鉱山、下仁田町小坂の鉄鉱山、高崎市から安中市にかけて亜炭を採掘していた高崎炭田、南牧村の砥石鉱山や金山、甘楽町や下仁田町での滑石(タルク)鉱山などがあり、富岡市には株式会社ホージュンが行っていたベントナイトの露天掘り程度しかないと思っていました。

資料を漁っていたら、大半は試掘程度だったものの、富岡市にも鉱石を採掘していたとの記録が出てきたので、自分の記録がてら以下に紹介してみます。

 

富岡市に有った鉱山や鉱石の採掘跡

今回見つけた情報は国会図書館のアーカイブで見つけた、東京鑛山監督局管内鑛區一覧のものがメインとなっています。とりあえず年代の古い順に記載していきます。

 

大正7年

登録番号:試掘546 登録年月:大正7月5日

場所(町村):小坂・吉田 鉱種:鐵(鉄) 鉱業権者:入澤安太郎

大正7年には小坂村(現在の下仁田町小坂地区)と、吉田村(現在の富岡市神成)付近で、鉄の試掘の登録が有ります。小坂付近は古くから中小坂鉄山がありますね。ちなみにこの試掘546は翌年の大正8年には鉱業権者が入澤安太郎氏から野口善太郎に変更されています。

 

大正8年

登録番号:試掘655 登録年月:大正7年12月

場所(町村):小坂・吉田・下仁田町 鉱種:銅硫化鐵 鉱業権者:眞島國松

上記試掘546と似たようなエリアですが、鉱種が銅硫化鐵となっています。銅と硫化鉄が採れる鉱脈が有ったようです。

 

登録番号:試掘687 登録年月:大正8年3月

場所(町村):額部・馬山 鉱種:石炭

鉱業権者:瀬下金(群馬県北甘楽郡富岡町原富岡製糸場内斎藤勝次郎方)

富岡市南部に位置する額部村(現在の富岡市額部地区)とその西隣にある馬山村(現在の甘楽郡下仁田町馬山地区)で、石炭を採掘を行おうとしたようです。鉱業権者の住所が気になったので調べてみたら、斎藤勝次郎なる人物は「1876年に富岡に生まれ、富岡製糸場が官営時代の1892年から19年勤続の工場長」との事。(第1回セカイト講演会「富岡製糸場におけるイノベーション」の資料より)

そのため富岡製糸場で使用する石炭用に採掘を行おうとしたようですね。

 

大正9年

登録番号:試掘757 登録年月:大正8年8月

場所(町村):高瀬 鉱種:石炭 鉱業権者:上撫春松 他2名

高瀬村(現在の富岡市高瀬地区)で石炭を採掘を行おうとした記録が出てきました。ちなみに高瀬地区は私の地元でも有ります。ただ、高瀬に石炭が出る話は聞いたことが無いので、どの辺りを採掘しようとしていたのか気になります。鏑川沿いには木炭が出る地層が有るのですが、そこを採掘しようとしたのでしょうか。

 

登録番号:試掘784 登録年月:大正8年10月

場所(町村):福島町・小幡・高瀬・額部 鉱種:石炭 鉱業権者:上撫春松 他2名

現在の甘楽町の福島地区や小幡地区から、富岡市の高瀬地区や額部地区にかけて広く採掘しようとしていたようです。鉱業権者は上記と同じく上撫春松氏を中心とする人たち。上撫春松氏は神戸市の人物らしいのですが、わざわざ富岡市の僻地まで採掘に来るほど見込みが有ったのでしょうか。

 

登録番号:試掘808 登録年月:大正8年2月

場所(町村):妙義町・碓氷郡松井田町・西横野 鉱種:石炭 鉱業権者:永田峰吉

当時の妙義町や松井田町や安中市にかけてで石炭を採掘しようとしたようです。あの付近は高崎炭田と繋がる地層があるようなので、亜炭狙いだったのかもです。

 

大正10年

登録番号:試掘922 登録年月:大正9月10日

場所(町村):額部 鉱種:石炭 鉱業権者:淵上順蔵

 

登録番号:試掘938 登録年月:大正10年1月

場所(町村):一ノ宮・吉田・額部・高瀬・馬山 鉱種:金銀銅

鉱業権者:戸塚市三郎ほか2名

現在の富岡市一ノ宮、吉田、額部、高瀬、下仁田町馬山と広範囲で金、銀、銅の試掘を行っていたようです。この辺りの地層で金、銀、銅が出るとは聞いたことが無かったので夢が有りますね。実際に採取できたのかは不明ですが。

 

昭和12年

登録番号:試掘1769 登録年月:12年5月

場所(町村):吉田・小坂 鉱種:鐵 鉱業権者:岡部丈太郎他1名

大正10年からしばらくの期間は富岡市の採掘情報が無かったのですが、昭和12年に入り再び登録され始めます。既にいくつか出てきた下仁田町の小坂や吉田地区エリアでの鉄の採掘のようです。

 

昭和14年

登録番号:試掘2148 登録年月:14年6月

場所(町村):吉田・下仁田町・馬山・小坂

鉱種:金銀銅 鉱業権者:朴春琴または朴春翠(印刷が潰れていて不鮮明で読めず)

下仁田町から富岡市の吉田地区にかけて、金、銀、銅の採掘を行おうとしたようです。このエリアは鉄の試掘が多いようですが、金や銀などの採掘見込みも有ったようですね。なお、この試掘登録は昭和16年に鉱業権者が朴春琴氏から丸芳〇氏(〇の部分は読み取れず)に変更されています。

昭和16年

登録番号:試掘2165 登録年月日:14年7月7日

場所(町村):吉田・小坂 鉱種:鐵 鉱業権者:鈴木〇郎他2名

下仁田町の小坂地区と富岡市の吉田地区での鉄の試掘登録。このエリアは既に何人も試掘を行ってい記録がありますが、それでもなお採れる見込みが有ったのでしょうか。

 

登録番号:試掘2292 登録年月日:15年1月17日

場所(町村):額部・馬山 鉱種:金銀銅鐵 鉱業権者:飯塚琴一

登録番号:試掘2352 登録年月日:15年3月30日

場所(町村):額部・馬山 鉱種:石炭 鉱業権者:飯塚琴一

登録番号:試掘2405 登録年月日:15年5月29日

場所(町村):額部 鉱種:金銀銅鐵ニッケル 鉱業権者:飯塚琴一

登録番号:試掘2492 登録年月日:15年9月30日

場所(町村):額部 鉱種:マンガン 鉱業権者:飯塚琴一

ここで飯塚琴一氏による怒涛の金、銀、銅、鉄、石炭、ニッケル、マンガンの欲張り試掘登録セット。富岡市の額部地区を中心に掘ろうとしているようですが、それほどの鉱脈が額部から馬山地区には有ったのでしょうか?

額部地区には飯塚姓の人が居るので飯塚琴一氏も地元の人かと思ったら、住所は東京都本郷区駒込だったり。

 

登録番号:試掘2544 登録年月日:15年12月25

場所(町村):一ノ宮町・吉田・馬山・高瀬・額部 鉱種:金銀銅 鉱業権者:園部寅五郎ほか2名

富岡市の一ノ宮、吉田、高瀬、額部と下仁田町馬山エリアでの金銀銅採掘。地図で見るとこのエリアは鏑川南部の現在上信越自動車道が走っている山地付近になるので、この産地を掘ろうとしたのでしょうか。

 

登録番号:試掘2563 登録年月日:15年11月30日

場所(町村):小坂・妙義町・吉田 鉱種:鐵 鉱業権者:園部寅五郎ほか2名

上記と同じく園部寅五郎氏を中心とした人たちで、小坂から妙義町付近で鉄を探そうとしたようです。

 

 

国会図書館に有った資料は昭和16年までだったのでここまで。昭和16年からは太平洋戦争に突入するので、試掘や小規模鉱山の情報は残していなかったのかもですね。

 

なお富岡市に有った鉱山情報として、か~み~氏のブログには、神農原の鏑川沿いにあった黄銅鉱の鉱山探索の状況が紹介されているので、富岡市に実際に鉱山が有ったのは事実の様です。この鉱山もこのページに記載したどれかの採掘跡なのでしょうか。

神農原鉱山② 神農原鉱山③

 

最後に

群馬県富岡市の鉱山情報をまとめてみました。

自分が富岡市に住んでいた頃は鉱山の事など全く知りませんでしたが、資料を見ると過去には鉱石を採掘しようとした歴史が出てきたので調べていて興味がわきました。実家にはほとんど帰らないのですが、今度帰る時が有ったら少し地元も探索してみようかと思います。

 

それと、このブログを書いていて子供の頃に遊んでいたエリアで2つの穴が有ったのを思い出しました。

一つは鏑川の和合橋上流の岩にあったはず。これは和合橋から100メートルほど上流の高瀬側にあるちょっとした岩を貫通している人が入れる大きさの穴で、今考えたら位置的に自然に空いたようなものではなかったと思います。おぼろげながら奥にはブロックだか石だが積まれていたような記憶があります。

もう一つは高瀬と額部を繋ぐ「けいさの坂」脇に有った穴。現在は上信越自動車道が通ったことで「けいさの坂」自体が少し西にずれて低くなりましたが、ちょうど今の道がある付近に洞穴が有ったはずです。保育園のお散歩で行って、斜め下に見下ろす感じで穴が開いていており、中には家電とかが不法投棄されていた記憶が有ります。

どちらも25年から30年近くの記憶なので詳細は不明ですが、これらも鉱山と関係あるかもしれないので機会が有ったら調べたいです。

 

 

 

 

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